eラーニングあれやこれや

TEDでいちやく有名になった無償動画教育サービス「Khan Academy」や、東大も参加することで日本国内でも名前を知られだしたオンライン大学教育サービス「Coursera」など、USに端を発する昨今の教育イノベーションの延長線上で、「eラーニングは流行ってるね」「これからもっと伸びるだろうねえeラーニング」と、たまに言われます。

たしかに、有名なベンチャーキャピタル「500 Startups」のDave McClureが、教育分野のテクノロジ活用のあまりの遅さに危機感を持っており「投資先市場として教育分野に注目する」という旨を発表した影響はおそらく大きかったのか、教育サービスをITニュースサイトなどで見かける機会はだいぶ増えたように感じます。

ですが、それらの教育サービスたちを「eラーニング」と呼んで、はたしていいんでしょうか?彼らとしてもそう呼ばれたくないかもしれませんし、eラーニング業界にいる私としても、「あれはeラーニングである」と言っていいものかどうか、正直悩ましいサービスがあったりします。

それじゃあ公教育はeラーニングとは呼ばず、企業研修をeラーニングと呼ぶのか、というと、いや単純にそう割り切れるものでもないしなあい、じゃあeラーニングってどういう定義なんだろう…と、まんじりともせずモヤモヤしていました。

そんなモヤモヤを業界仲間と飲みながら共有しているうちに、「じゃあもっと多くのギョーカイ人で集まってさらにモヤモヤしあおう!」と、半ば自虐的なアイデアにたどり着きまして、肩の力を抜いて、会社としての見解ではなくできるだけ個人的なモヤモヤを、忌憚なく持ちあい出しあう勉強会を企画しました。

モヤモヤが晴れればよし、モヤモヤが深まるもよし。

第一部:eラーニングの過去を振り返る

第一部は”温故知新”として、SCORM技術者ならほとんどの方がご存知の「野良ウサギのSCORM」サイトオーナーである田口さんに、eラーニングの誕生から現在までの10数年を一気に振り返ってもらいました。

eラーニング以前(1995年~)

まずは1995年代、高城剛率いるフューチャー・パイレーツが提供するプロバイダサービス「フランキーオンライン」が一世を風靡していた頃にさかのぼります。95年というと、テレホーダイもまだ登場しておらず(96年~)インターネットは全然まだ普及しておらず、一部のマニアたちが「パソコン通信」をやっていたくらいです。

でもこのころもう既に「パソコンを教育で使おう」という動きはあり、CBT(Computer Based Training)やWBT(Web Based Training)と呼ばれており、コンテンツのクオリティとしては、当時を知る人達からすると「いまとそれほど大差ないクオリティ」だったそうです。理由は、95年代も動画やアニメーションといった表現手法は存在しており、現在と当時の違いはコンテンツにもたせられるデータ量の差くらいなものだからで(200kbpsでの表現か500kbpsか、という値の違いくらい)。

逆に、この当時のほうが、教育におけるITを「手段」としてとらえ、「どのように教育を変えるか」「CBT/WBTによる最適な教育とはどういったものか」ということを真剣に考えている人が、いまよりも全然多かったという声もありました。

「eラーニング」の登場(2000年~)

CBT(=オフライン)からWBT(=オンライン)に技術トレンドがシフトしだした2000年くらいの頃から、徐々に「eラーニング」という名称が登場し始めます。ちょうど2000年当時は自民党の森喜朗氏が首相で、イット革命演説と共に「eジャパン戦略」を打ち出しており、その流れに乗ったんでしょうね。

この頃からコンテンツの再生プラットフォームがCD-ROMからWebブラウザ=ネットワーク接続型にシフトしはじめていきます。

eラーニングの繁栄(2003年)

2002~03年くらいには、大企業主導のITシステム導入がどしどし行われ、そのなかの一つにeラーニングも含まれていました(O社がF社のLMSを1セットXXXX万円で売りまくっていた古き良き時代です)。

この、大企業によるeラーニングシステム導入の時期と符合して、eラーニング業界にベンチャーがどっと参入してきます。ビジネスチャンスなわけですから当然です。ちょっと前のソーシャルゲームアプリ市場みたいなもんです。

ただしそれらベンチャーのほとんどは「ITによる課題解決」という、当然といえば当然の切り口だったのですが、eラーニングは「ITシステム&教育システム」という二重性があり、「課題」として明示的な物事への解決は達成できた(企業における集合研修のコスト改善)ものの、「教育効果の拡大・拡張」をデザインできるITベンチャーは少なく、あったとしても教育への理想論に傾倒し経営に失敗してしまったケースもあったそうです。

ちなみに、当時eラーニング界隈でよく耳にした言葉と、今耳にする言葉との違いを整理してくださいました。洗い出してもらったところ、次のように。

  • いつでもどこでも⇒「モバイルラーニング」
  • 飽きさせない学習⇒「ゲーミフィケーション」
  • ブレンディング学習⇒「ブレンデッドラーニング」
  • 学習者同士のコミュニケーション⇒「ソーシャルラーニング」
  • 学習者に合ったカリキュラム⇒「アダプティブラーニング」

当時と現在とでほとんど大差がないじゃん!という事実を田口さんがズバッと指摘し、場内騒然。

※とはいえこの事実は「業界ぜんぜん成長してないじゃん」と落胆するものではなく、技術的な観点からすると「枯れている=安定している」技術であり、2600年前の春秋戦国時代に菅子が「教育は国家百年の計」といったように、教育の根幹はそう変化しないものである、と捉えると、2003年当時のeラーニング業界の先達は「教育×ITの本質」にたどり着いていたのでは?と考えられるんじゃあないでしょうか(それではその本質って一体なんなの?それがクリアならモヤモヤなんてしないんじゃないの?という質問は第二部で)。

eラーニングの衰退(2003年~)

eラーニング業界最大のビジネスイベントは、2003年をピークに来場者数がキレーに右肩下がりになっています。世間の興味をひきつける分野じゃなくなってしまった、ということの証左です。つまりeラーニングは2003年をピークに一度衰退期を迎えたと言えます。

要因は2つあり、ひとつは内部要因として「SCORM2004の失敗」、もうひとつは外的要因として「イノベーションの軸足がケータイにシフトした」ことが挙げられます。

前者について誤解を恐れずに言及すると、教育サプライヤー視点で様々な機能を実装した結果、ユーザーが期待する以上の機能がてんこ盛りになってしまい、その結果2004対応のLMSベンダーがほとんど存在しない状況が生まれ(全体の10%程度)、結果的にeラーニング技術の持続的イノベーションが停止するきっかけを作ってしまったのではないかと考えられます。

そして後者ですが、当時のケータイ業界を見てみると、カラー液晶・iモード・505シリーズ・メガピクセルカメラと、ユーザのハートをがっちりキャッチした機能が矢継早に実装されたハードウェアが普及し、それに伴いIP(Information Provider)やCP(Contents Provider)と呼ばれるサービスサプライヤーがたくさんケータイ業界に参入していました。それっぽい表現でまとめると、エンジニアやマーケティングの興味が「e」から「i」に移ったわけです。

eラーニング最後の聖戦(2008年~)

技術のイノベーショントレンドがケータイに軸足をおいた時代はそのままずっと続きますが、2008年にiPhone3Gが日本に上陸し、スマートフォンがじわりじわりとシェアを拡大し始めるあたりから、当時はガラケーと呼ばれたケータイ=フィーチャーフォン市場に陰りが見え始めます。

詳細は割愛しますが、フィーチャーフォンが衰退しスマートフォンが興隆するトレンドは、eラーニング業界にとってはまさしく慈雨でした。それは、情報量・表現力ともに独自進化を遂げてしまった「ケータイ」にeラーニング技術はうまく適合できておらず、逆にPCライクなスマートフォンへは、eラーニングの技術は(相対的にではあるが)近寄りやすいものだからです。
つまり現在は、フィーチャーフォンへの技術的キャッチアップに失敗していたeラーニングが再び脚光をあびる最後のボーナスタイムであり、まだスポットライトは当たっているわけです。このiPhoneが生み出してくれたビッグウェーブに乗れるかどうかが、eラーニング業界が10年先も存在しているかどうかのターニングポイントではないでしょうか。

…と、だいぶ私の私見も混じってしまいましたが、eラーニング・SCORMにとどまらず社会全般の技術トレンドを交えながら、eラーニングの10数年を田口さんに振り返って頂きました。世間一般の技術革新の視点、ベンダーの姿勢、教育の捉え方など、広範囲に渡る話をとてもとても分かりやすくまとめてくれた田口さんに改めて感謝致します。

eラーニングの過去をふりかえる 20130615 KnowledgeCOMMONS vol.23

第二部:eラーニングの本質を考える

どのような変遷を経ていまのeラーニング業界にたどり着いたのか、第一部でみっちり考えることができました。続いては、10数年を経てたどり着いたeラーニングの本質は一体なんなのか、核を浮き彫りにするディスカッションに移ります。

本質をたどることになったバックグラウンドには、2012年のeラーニング大賞の存在があります。というのも、大賞をとった袖ヶ浦高校さんの事例は「教育の質の向上という点でとてもとても素晴らしい事例だが、これはICT教育であり、eラーニングと呼んでいいのか?」というissueがあり、このissueの先に「eラーニングとは◯◯である、という、大多数が納得するコモンセンスは存在するのか?」という問題提起にたどり着きます。

この、eラーニングの本質を考えるにあたり、eラーニングの本質を浮き彫りにしようとする凄みのある設問を、加藤さんが用意してくださいました。

  • Courseraはeラーニング?
  • 東進衛星予備校はeラーニング?
  • YouTubeは?
  • Kindleは
  • Google検索は?
  • こどもちゃれんじは?
  • PowerPoint教材は?

「ICT活用」と「ICT教育」と「eラーニング」の境目を見極めるだけでなく、それぞれのeラーニング観を引き出す絶妙な問いでした。奥深い。結果もまた面白い分布に。

アンケート以降は加藤さんと前川さんの巧みな連携プレーにより、「eラーニングとは◯◯である」を埋める議論を深めていきました。あれよあれよという間に色々なキーワードが飛び交いましたが、本質に近づいた議論が深く交わされたのは次の3点だったのではないでしょうか。

1.双方向性

2000年前後は定義だったが最近はどうだろう?

2.学習履歴

履歴は「提供者」にとっての必須要件であり、学習者にとっては不要なのでは?

3.反復性

何度も繰り返し受講できることこそがeラーニングの本質?


とはいえ「そうだねこの3つだね」という合意形成がすぐに進んだわけでもなく、ディスカッションは広がりを見せます。その過程で生じた面白い気づきをいくつかご紹介。

教育と学習の違い

  • 教育は対象者の変化を促す行為
  • 学習は自身の変化を促す行為

学習者が意図しない情報を受け取る行為(プッシュメール)こそがeラーニングの本質では?

動機付けとeラーニングの関係性

  • 動機付けがそもそもある人は、eラーニングであろうとなかろうと、学ぶ。
  • 動機付けがない人は、eラーニングまでたどり着かずに終わってしまう(メールを無視、ブラウザを閉じる)。

eラーニングならではの学習のあり方が、明確に定義づけられていないのが現状。すべての特徴は、紙媒体や教室という場で実現できてしまう、という事実と、デジタルはアナログの劣化コピーであるという本質。
…これらのディスカッションを通じて見えてきたeラーニングの(本質ではなく)課題とは、「デジタルの強みを十二分に発揮する」学びのあり方こそがeラーニングの本質で、それ=デジタルならではの強みは、いまだ明確に定義付けられていないということ自体でした。そもそも、学習または教育とは「学ぶ人自身の変容を促す行為」であり、その目的達成のためにeラーニングも、

  • 学習意欲の醸成
  • 学習効果の向上
  • 未学習者の削減

を実現することが大きな役割であるけど、「eラーニングでしか提供できない目標達成法」は一意ではなく、各人各様の仮説設定に基づくものであるということが、この1時間のディスカッションで見えました。

ちなみに私としては、人の行動変容は「衝撃」か「反復」の2つでしか行われず、前者は「ユリイカ!」のようなインパクトが必要で、それを生み出すのはライブ体験が殆どであり、反復の促進にeラーニングの本質(の可能性)が潜んでいるのでは、と考えています。

アダプティブラーニング(個々人の習熟度に応じた最適な学習を動的にシステムが提供するあり方)を数百数千数万ユーザにいちどに提供すること、これこそリアル教員がリアル教室では絶対に実現できない未来であり、それを実現するために学習履歴が従属的に必要になるのではないか、という仮説です。

まあいずれにしても、教育理論は人の数だけ存在するようなもので、その意味においては定義付け自体は意味がないものの、こうして業界のプレーヤーがどういう考えを持っているのか、相互理解を深めていくことでコモンセンスを作り上げていくことが、まず必要だと思っています。

ディスカッションをひととおり終えたところで、第一部のプレゼンテーター田口さんにまとめをお願いしたところ、歴史を踏まえた興味深い指摘をいただきました。

eラーニング(CBT/WBT)は、そもそも「企業の集合研修の代替」を目的として誕生した。だが、その次代から10年以上時が経ち、技術やインフラが進化したことによって、eラーニングに「新たな役割」を期待されるようになった。そして今こうやってディスカッションを経て思ったのは、eラーニングという言葉がなくなるころになってようやく、一般に普及したといえるのではないだろうか。

深い深い議論を導き出す問題を設定していただいた加藤さん、ありがとうございました。

eラーニングの本質を考える 20130615 KnowledgeCOMMONS vol.23

第三部:10億あったら何をする?

過去・現在とeラーニングについての考えを重ねてきたので、第三部ではあたらしいeラーニングビジネスを考える「アイデアソン」をやってみました。

もともと支倉さんに「eラーニングについてはセグメントを分けて考えましょう」とご指摘いただいていたので、ざっくり3つにセグメントを分けてグループに分かれてもらいました。

  • B2B~法人向けビジネス
  • B2C~コンシューマー向け
  • B2S~文教市場向け

ちなみに余談ですが、10億という金額の価値はどれくらいかというと、、、

  • 企業規模であれば2~30名のスタッフを4~5年は食べさせていける
  • 開発に全てをつぎ込んだとしたら人月100万だとしても1,000人月
  • ちょっと前だと2010年のポケラボの調達事例
  • Android向けにプラットフォームビジネスを展開しグローバル進出も著しいメタップスがシリーズBで10億の資金調達を達成したことは一部の方には記憶にあたらしい
  • そもそも投資家から10億集めるとか相当素敵なビジネスモデルと市場性と成長率と収益性がないと…

…といったくらいの価値があるわけです。

何はともあれ「自由に発想してくださいね」というメタファーの意味での10億。ノブレス・オブリージュ

 もとよりたった70分のディスカッションで完璧なビジネスアイデアを出せるものでもなく、たとえばBusiness Model Generationのようなビジネスを生み出す思考のフレームワークを取り入れるべきか、それともWorldCafeのようにアイデアの拡散を計ったほうがいいのか、などなど企画検討時に悩んだのですが、そうした前提の共有を相談しあうところからディスカッションしていったほうが皆さん仲良くなるかなあ、と、文学的な期待から、丸投げしてしまいましたが、みなさんとてもとても活発なディスカッションをされていました。

で、みなさんが出したアイデアは以下のとおり。

B2Bグループ1:グローバル対応LMS

多言語対応・アダプティブなど色々ファンクションベースで検討されていましたが、自動高精度翻訳機能とかは実現したらgoogleあたりに高値でバイアウトできるでしょうなあ(それの開発だけで10億とか飛びそうですが苦笑)。ほかにも、グローカル対応(地域ごとに「楽しさ」は異なり、その楽しさを地域ごとに最適化)をシステムで対応できた、という指摘は、ローカライズする際にあまり見てなかったポイントかも知れず。

B2Bグループ2:ライフマネジメントシステム

LMSのLはラーニングではなくライフだ、というポートフォリオ的なアイデア。何かを教えたい人への収益源としてコンテンツマーケットプレイスを提供、という点だけみると既にいくつかビジネスモデルは存在してますね、manaboとかvisasqとか。それをマイナンバー(国民背番号)と連携させてしまい、就職活動時に企業へのエントリーシート代わりにしたり、転職活動時に職務経歴と合わせてしまおう、なんなら行動ログをマーケティング会社に売ってマネタイズ、という、なんとも社会システム自体の変革を目指した野心的なアイデアです。(倫理的課題はさておき、と前ふりされていたあたりが、最近のビッグデータ周りの問題を掌握されている感があってすごい)

B2Cグループ:主婦の在宅教育サービス

高学歴/育児中主婦のリソースを活用して、海外の若者へ高品質な教育をオンラインで提供。日本語マーケットの拡大や日本分化・価値観の普及を視野に入れる、という目的をもとに資金調達源はODAを中心。システム自体を日本以外の国へライセンス供与する形でマネタイズ。ODAに着目するのはeラーニング業界からしてみたらなかなか発想がでてこないですね。斬新な目線です。

B2Sグループ:江戸川区民学力向上プロジェクト

台湾製タブレットを原価@3,000円くらいで調達し、江戸川区民小学生15,000人に無償配布。LMSはもろもろ込みでランニングざっくり1億/年で調達し、1教材1,000円/年×1.5万ユーザへの展開可能性をちらつかせCGMベースで持続的供給。ゴールは江戸川区学力を19位から10位への引き上げ。なんという現実的な目標、1位に設定しないのは奥ゆかしさなのなどうなのか。

アイデアソンだけで一日かけてもいいですね。ちなみに私は「前川さんを雇ってLMSを設計してもらい知人の開発会社さんに開発運用してもらう」みたいなアイデアをコッソリ持ってたのですが、前川社長案は参加者全員考えているのでレッドカード出されました。無念。どこかスポンサーさんがついたりしたら、最優秀アイデアには賞金を支援金として払えるんですけどね。奇特な会社さんいらっしゃったらお声がけください。

みなさま短い時間なりに掘り下げたアイデアを作りこんでいただき、ありがとうございました。

まとめ

6時間×17人=102人時=12.75人日かけてeラーニングのモヤモヤを見つめましたが、現時点においてもなお「まだまだモヤモヤするね!」という答えでした。

でもそれは悪いモヤモヤではなく、決してeラーニングは儲からないけど、こうやって土曜日潰してああだこうだ言い合える仲間がおおい業界は楽しく、業界がなくなることは避けねばならないし、業界をもっと盛り上げていきたいですね、という感想で、お開き。

…そして、とうぜんながら第三部を終えた以降は、第四部→第五部→第六部と会議は続き、夜は更けていくのでした。。

感想・コメント

感想1

eラーニングがモヤモヤしているのは、システムの成長や多様性が促進されたから、と気づいた。
悪いモヤモヤではない。

感想3

歴史の話が興味深かった。戦略を練り直す機会になった。
Eラーニングを売りたいのか、人を変えたいのか。

感想4

eラーニングってなんなの?余計わからなくなった。
でも、その定義を考える一方で、eラーニングならでは、の何かを追求する重要性を感じた。

感想6

eラーニング=システムありき、という考え方だったが、作成者さんと交流できてよかった。
企画脳を使えて新鮮だった。

感想2

いつもは中身を考える立場だが、仕組みを考える機会があったのが楽しかった。

感想5

eラーニングのモヤモヤが増えた(まだまだいろんな議論ができる分野だな)

2013/06/15
於:エスエイティーティー株式会社様MTGスペース
プレゼンター:田口 邦彦さん、加藤 大さん
幹事:キャスタリア前川 英之さん、首都大学東京藤本 かおるさん、小室 吉隆

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

おすすめの記事